いつのことだか思いだして2月のつづきもの。

えーと、今現在、言うてる間に大型連休な時期ですが、感想書いてない本タワーがやばいことになってきたので、とりあえず続きもので何読んでたかだけでも。


三宅乱丈イムリ」7巻…デュルクよりむしろミューバの方がかわいそうになってきた。デュルクは自分の目で見たものに善悪や好悪を感じられるけど、ミューバは何にも知ることができないまま、自分の身に害なす(と教えられる)ものだけを悪と信じなくてはいけなくて。自分で生きる、ってことは辛いけどまだ幸せなのかもだ。着地点が全く見えないまま新展開。どうなるんだろう。


吉田秋生「海街diary3 陽のあたる坂道」…読んだ後にすごい深いため息が出る。さすがだなあ。読み返すとちょっと言葉が多いんだけど、全然うるさく感じず読み切ってしまった。今回はシャチ姉が「姉」じゃない顔の時の話になかなかぐっときました。そろそろチカをクローズアップした話をお願いします。そして風太はかなりいい男だと思う。


篠房六郎百舌谷さん逆上する」4巻…なんだか竜田がやたらとナイスガイ化してる…。そら千鶴も惚れるわ。そしてあまり真剣に文句言うとこじゃないのは分かってるんだけど、こういう先生はいやだな、と思う。そしてぼちぼち本筋に入ってもいいんじゃなかろか。


柴田ヨクサルハチワンダイバー」14巻…もうチッチが主役でいいんじゃない?「重力に魂とオッパイを引っぱられた人間の世の残酷」のくだり、最高です。斬野はいつの間に「ボーイズラブ」な人に方向転換してたんだ…


・内田百鐘??龠蒲T子「阿房列車」2号…相変わらず素敵。見開きの絵をみると、百鐘??謳カが阿房列車に乗り続けていた理由が分かる気がする。特に雨のホーム。細かい絵もコマ割が秀逸。そして狸の独楽、こんなにかわいいものだったとは…!欲しすぎる。八代に行ったらこれまだ手に入れられるのかしらん。


え、5冊しかなかったっけ…。本タワー全く小さくならん。戦慄。
片付かんほどにどんどん買うのやめねばと思うもののなかなかそうはいかなくて。ふう。

もっかい行かんとあかんね国立国際美術館「絵画の庭 ゼロ年代日本の地平から」。

「1時間ぐらいで見れよう」といそいそと館に向かい4時ごろに見始めたのですが。
すんません、舐めてました。全然時間足りませんでした。ラストの草間弥生までたどり着けませんでした。
八割ぐらい初めて見る作家さんで、正直「?」て人もいたんですが、特に解説がなくても「おおおおっ」とぐいぐい引き込まれてしまう作品がいっぱいあるのは、同じ時代同じ国で同じ空気を感じている人が描いてるから、とか言ってもいいんでしょうかね。
特に女性作家さんの作品に好きなのが多かった。そもそも女性作家さんの出展が凄く多かった。村瀬恭子さんは初めて知ったのですが、よいですね、植物に飲み込まれるようにどこかへと去りゆく少女の絵。パステルカラーがきれいなのに寂しげで、なんというかこう白昼夢のような。見入ってしまいます。中山玲佳さんの「safarism」シリーズの、黒地に白い花(のようなもの)とカラフルな背景に立たずむ黒い動物の対比も、だから何だといわれると困るのですが「ああ、生き物だなあ」というよくわからん感銘を受けました。小沢さかえさんは、タイトルがちょっと恥ずかしいけど、「ものがたり」の悪意と善意がごちゃまぜになってて結構好きです。
男性だったら花澤武夫さんの作品が和も洋もメルヘンも幾何学もなんでもありで面白かった。正木隆さんの無限の空間や、秋吉風人さんの「ああ、引っ越してきたばっかりの部屋の隅っこ!」っていう記憶の掘り返しも、って言ってたらきりがない。いろいろ良かったのです。
きりがないんだけどどうしても一つだけ言いたいのは、会田誠さんの作品では、「ジューサーミキサー」ですりつぶされる無数の裸の少女たちや、「滝の絵」で描かれるセーラー服およびスクール水着の少女たちよりも、「あぜ道」で描かれる二つ分けにくぐった後ろ姿の少女の髪の分け目から見える頭皮の感じが一番フェチでエロスだと思ったのです、ということです。あ、あと襟足の雑な後れ毛も。この人ってどんな変態なんだろうかと思うとわくわくする。実はそうでもなかったりしたらちょっと残念だなあ。
図録も分厚いのに1600円ってお買い得!て思ったのですが、四分の一ぐらい文献資料でした。でも十分価値のあるそれだと思います。とはいえ図録ではやっぱり行って見た時のインパクトが蘇るわけもないので、会期中にぜひとももう一回は行ってみたいと思うのです。でないと草間さんに噛みつかれちゃいそうだ。

全く英語圏じゃないのに「THE」はないだろう、「THE ハプスブルグ」。

先週もこれ見に京都に来てたのに終了時間を勘違いしていて見られなかった展覧会。
ならば今週!と気合を入れて見に来たのですが。
ああ、何故でしょう、今(二日後)、何も覚えていません。何たること。結構ちゃんと見たのに。がんばって思い出そう。
あ、「物凄いエロス、てかエロな絵があった!」というのが思い出せました。「黄金時代の愛」ってやつです。それが一番によみがえる自分が悲しい。
イタリア絵画は結構良かったんだけどねえ。あ、ジョルダーノの「物乞い」はかっこよかった。物乞いらしからぬ気品があって。あと、ティツィアーノの「イル・ブラーヴォ」はほんとどういうシーンか分からんが後ろ手に構える剣がドラマティックでどきっとします。

いや、メインは肖像画なんだけどね。何度か見た作品なので「おひさしぶり、マルガリータ様」って感じになりました。マルガリータ様日本に来すぎじゃない?ウィーンに行った人がっかりしちゃうよ。あれ、ピンクドレスとブルードレスのマルガリータ様がいるのってウィーンだっけ?プラドだっけ?
マリア・テレジア様は、うら若き乙女の頃は美しかったのね…。でも「女傑」な感じの肝っ玉お母さんなテレジアさんも魅力的だと思います。
そしてエリザベート様は美人だしスタイルも抜群だけどどうも好きになれないのさ。だって旦那のあのしょぼくれた顔見ちゃったら、どんだけ悲しませててん、って思ってしまう。なんであの人あんなに人気あるんだろう。

そして最後の物販コーナーで何故か池田理代子先生の描いたマルガリータエリザベート・マリアテレジアのイラストが売られてました。なんでだ、「ベルばら」でマリア・テレジアを描いてたからか?
それを見た後ろにいた女の子たちが「あ、池田先生の絵があるで」「ほんまや、劣化はげしいな」と言ってて、吹き出しそうになりました。Oh、歯に衣着せないね、怖いもの知らず。

あー、がんばって思い出したらそれなりに記憶が戻るもんですね。しかし系統立てて絵を見ていないというのが良くわかりますね。いい加減美術史の勉強せないかんなあ。

今回の図書館借り本。

やばいやばい返却期限とっくに過ぎてるのにまだ一冊読めてないやばいやばい。
とりあえず読めた分だけメモ。
既読分では大当たりがあまりなかったような。

佐藤賢一「カルチェ・ラタン」…神学論争のことが良く分かっていない私ですが、そこの部分はわりと丁寧に説明してくださっていたので少なくとも読んでいる間は不自由しなかった(今自分の言葉で説明しろと言われたらさっぱりですが)。で、パリ、特にカルチェ・ラタンの昔の様子なんかも面白くはあったんですが、如何せん文体が好きになれなくて…。喋り方とかが芝居がかってるくせに軽いという、池上さんの時にも感じた不満が。その点で主人公二人がそんなに好きになれなかった。そして昔のカトリックな観念だからしょうがないんでしょうが、女性観もあまり感心できたものではないし。なにより下な話題が多くて、それがわざとらしくなかったら面白いかもなんだけど、「こういうこと言って盛り上げよう」って感じがして苦手でした。


佐藤正午「個人教授」…これもなんだか主人公がはなもちならなくて好きになれなかった。まあこれはそういう風に作ってあるんでそれでいいんだと思いますが。ただ、主人公が「教授」にまとわりついているところはちょっと好きでした。飲みの場での会話はよいですね。


吉田修一最後の息子」…表題作よりも同時収録の「Water」のが好きです。すみませんベタな青春もの好きで。でも表題作もけっこうよかったです。ただちょっと主人公がところどころはなもちならないのですが。あ、これも「建国の話」とか、飲みの場での会話がよかった。しかも「個人教授」と同じくオカマバーだし。えらく被りますね。


と本を数えてたら読めてない本があと2冊もあるじゃないですか!無理無理無理。1冊は泣く泣くあきらめよう。

室町から受け継がれた日本の美だったり「高橋真琴の夢とロマン展」。

あましお姫様な少女漫画には興味なく生きてきたもので、そこまで高橋さんに熱意はなかったのですが、まあちょっくら行ってみようかな、と。
そしたら意外と感銘を受けました。絵というよりはその背景とか精神に。
いや、絵も凄く上手いんですよ。背景や衣装の細かさとかはものすごいテクニックなんだろな、と思うし、色の濃淡の微妙な感じもすごくきれいですし。
ですが、そういう絵を見ていて、絵そのものの美しさより、そういう美しいものが生み出され、少女たちがそれに夢中になっていて、その美しいものへのあこがれは今も脈々と受け継がれているんだなあ、という流れが感じられたことの方がよかった。日本女性のパリへのあこがれはもとをたどればこの人の作品にあるんではないかとすら思われた。
で、ちょくちょくキャプションとして展示されてる高橋さんのインタビューがまた面白かった。
うろ覚えだけど、
・パリに行って、自分のイメージしていたのと全く同じ構図になる場所はなかったけど、エッフェル塔の見える並木道とか、自分で思うところのパリを描いた。
・自分の絵には動きがないといわれるが、動きのある絵を描きたいと思わない。能面がいろんな感情を表すように、少女の表情を見て、受け手の気分でいろんなものを感じてもらえたらと思う。
・少女はただ「かわいい」だけではなく5つの要素があって、優しさ・儚さ・気品・恥じらい・凛としたところ、その要素のうち1つか2つでも1つの絵に表せれば成功。大人の女性を描かないのかと言われるけど自分は少女でいっぱいいっぱい。
みたいなことが書いてあった気がする(最初のパリのくだりは大分不確かだけど)。なるほどなるほど。こういうのはほんとその後の少女マンガにも連なっているなあ。特に「絵の動きがない」とか、少年マンガしか読んでない人はよく少女漫画のことをこの言葉で批判するけど、動かないところに美を見つけろ、ってことか、と。能面とは対極にある目の大きさだけど、たしかに少女マンガの様式美(ポーズとかキャラクターの造形とか)は能だと思うとすごく納得できる。さすがその道を極めて全国津々浦々の乙女の心を鷲掴みにした人の言うことは重みがちがうなあ、と感嘆しきりでございました。
あと、描かれている題材で、「夢のお嫁さんファッション」みたいのがあったのですが、素敵なウェディングドレスに身を包んだ女の子が描かれてるんですね。でも、結婚相手はその隣にいなくて。多分これ、今だったら絶対「素敵な彼との夢のウェディング」みたいなイラストになるんだろな、と思いました。そのころは「素敵な人と結婚できるか」ではなく「見合いだか恋愛だかで誰かとは結婚するだろうけどその時素敵な格好ができるか」の方が大事だったんだろな。今となっては「むしろ結婚できるのか」の方が重要な問題な気が。恰好だけならいつでもできるもんね。
それと、「人魚姫」が何度も描かれていて、声を脚に変えてもらい浜辺で佇む人魚姫の絵もあったのですが、それ見てそれこそその表情にちょっとぞくっとしました。その「脚を自分のものにした人魚姫」の表情が、少女というよりはなんだか女のように、というか、少女を卒業する哀しみを表しているように感じたので。今頃気づくなよ、って話なのですが、良く考えたら「人魚姫」って子どもに聞かせるような話じゃないよな…。脚(=下半身)を手に入れて声失って、一旦は王子に拾われて、何しても文句も言わないしかわいいかわいい俺の部屋においで、って傍に置かれるけど、どう考えても結婚相手じゃないよね俺ももういい年だし遊んでばっかもいられないんだよね、ってことで捨てられて、何も言うことができずに実家に戻って自殺するって。ひどすぎるでしょう。「女」になるとこういう現実のひどさにまみれた表情を描かなきゃいけないから、高橋さんは少女を描き続けたいのかな、と勝手に得心してしまいました。

しんどいけど聞いといたほうがよいこともあるんだろう「ラブリーボーン」。

友人と見に行ったのですが、最初から横のカップルがやばいな、と思ってたんです。完全に映画見る姿勢じゃなくいちゃついてるし。
案の定、結構話声が聞こえてくる。こりゃ失敗だ、と眉をひそめていたら途中で大分静かになって、良かった良かったと思ってたのですが、どうやらそれは友人が肘鉄をいれた成果だったようで。ありがとう、かっこいいよ貴女。

さて、感想ですが、またネタバレで。


全く何の予備知識もなく見に行って、「なんとなく小説っぽいな」と思ってたらやっぱり原作は小説なんですね。なんか日本だったら伊坂幸太郎とかこういうの書いてそう。
小説版だったらがっつり「レイプされたうえで殺された」というのが描かれているみたいで。映画版だと、そこの残酷な部分はものすごくぼやかしてあって、「レイプ」という言葉やそれらしき映像は全く出てこない。で、まあそういう辛いものは見たくないのでそこの描写がないのは助かったんですが、それがあるとないとでは、途中の妹のキスを見て泣くシーンやスージーの魂が戻るシーンの意味、あと「天国とこの世の間」の意味が全然違うものになってしまうんじゃないかなあ。いや、まあ、ああいう状況になってるんだったら、考えたくないけどまあそういうことなんだろうな、と想像はつくのですが、やっぱり明確にされるのとされないのでは受け止め方が違ってくるし。「もしかしたらただの快楽殺人者かも」という一縷の希望も持ちたいし(快楽殺人に希望を持つのもどうかと思うが)。
この描き方では、最後にスージーが自分の体が発見されることよりも初恋の人との幸せなキスを選んだことの重さが伝わってこなくて、「スージー、あんたの体捨てられてる!おい、今こいつ捕まえないとまた不幸が生まれてしまうよ!」っていうのが気になってしまってしょうがなかった。でも、もしそういう残酷な運命がきっちり描かれてたら、そりゃあやり残したことと言えばキスでしょうよ、今更自分の死体を明るみに出すより魂だけでも幸せを感じたいでしょうよ、殺人犯の今後より最後の自分の夢でしょうよ、って納得できたと思う。で、その最後の夢が、殺人犯を殺す、から、好きな人とキスをする、に変わったことをもっと素直に「明るいこと」と思えた気がする。
そして、天国とこの世の間にいるのが、「まだ本当の恋も知らずに男の一方的な欲望の犠牲になったうえで殺された少女たち」(一人年嵩の人もいたけど)なんだと思うと、あの非現実的な世界の妙な美しさと不気味さが急に生々しいものとして迫ってくる。恐怖や憎しみや後悔や懐かしさや憧れ、少女たちの思念が作り上げた世界。海に浮く大きな虹色の不思議な球体は何だろう、と思ってたら、最後に殺された少女のうちの一人が持っていたボールだと分かってちょっとぞっとした。
というわけで、そう考えるといろいろ納得できる点はあるのですが、なんかジャクソンさんが変な心遣いをみせちゃったおかげで言葉足らずになってしまい、画竜点睛といいますか、「そう考えると」の部分の説得力がなくなってしまって、ふーむなんだかいろいろ腑に落ちない部分が多いんだけど人生って腑に落ちないものってことなんだろか、てな無理やり自分を納得させようとする感想で映画館を発つことになってしまった。
あと、家族のいろいろが描かれているようでいまいち中途半端だったような…。父については細かく描写しているんだけど、おかんは何故家出するほどに追い込まれたのかとか、妹が「優等生」に成長した裏にあった思いとか、その辺はもっと知りたかったところ。ただばあさんがひたすらにかっこいい。あとクライマックスの妹と。
で、犯人役、いやあ怖い。気持ち悪い。しかしあのオチはいかがなものか。まあ「あいだの世界」にも氷柱が出てきたから、きっとそれが作用して、てことなんだろうけど。にしても腕折れ曲がりすぎだよね。

終わってから友人に聞くところによると、隣の残念カップルの女が喋ってたことは、「えー、この映画難しいー、どういうことー」だったそうです。ほらジャクソンさん、やっぱり遠慮せずに言うべきことは言っておいたほうがよかったんじゃないでしょうかね。まあ多分彼女はそれを言ったとしても「難しいー」って言ってた気がしますが。

ドラハッパー時代の飛び出す映画が懐かしいね「アバター」。

自分の勘違いでどたばたして先輩に通常業務押し付けたうえその人より先に退社して映画を見に行くという社会人失格っぷり。大したものです。
懸念していたメガネonメガネでの3Dですが、このシステムは己の鼻の低さに失望してしまうという欠点がありますね。こんなもん、鷲っ鼻の付けっ鼻ないと無理だよ!下がってくるよずんずんと!
まあそれはそれとして。映画の感想。ネタバレしまくりで。


世界観が面白かったです。木の根っことか、髪の毛とかがシナプスみたいに(いまいちシナプスのことが分からんけど)情報交換しあって「絆」が生まれるっていう。で、星自体がヒトの脳並みに記憶持ったりしてるっていうの。いや、戦いとかどうでもいいから、ここもっといろいろ知りたかった。触手みたいのが脳幹だか延髄だかに入っていって意識を移動させようとするとことかすごい興味深いです。というかこのシステムの話だけでいくらでも話つくれそうな。人はマスクなしで生きていけないとかいうとこも含め、なんとなくナウシカっぽくもあったり。
でもそうはしないんですね。まあナウシカも戦ってたし戦わないとお話がすすまないっちゃすすまないからね。地球人のことを「エイリアン」って言ってたけど、確かにそうで、地球侵略なエイリアン映画も立場逆転したら全く同じなんだよなあ。侵略しにくる時に「あ、おれ今映画のエイリアンじゃん」とかそういうこと考えたりしないんだろか。アメリカではこれが「反米映画じゃないか」とか言われて保守派の批判浴びてるとかいう記事あったけど、それ分かってるんだったらやめりゃいいのに。そういうわけにもいかないのかね。
そして主人公のジェイクなんだけど、最後結局「地球人」であることをやめてナヴィ族の体を手に入れるわけですが、これがねえ。なんかどうなんだろ?と思うのです。いや、まあ、ジェイクの立場だったらいいんだろうけど。足をほしがっていたしお金もそんなになさげだったし兄弟も死んでいなくなっちゃったしその他の家族がいる風でもなかったし(父母はわからんけど)、「別におれ地球人やめてもいっかあ」じゃないですか。でもこれがたとえばグレースだったらどうだったんだろ?彼女は「地球人として」研究したい人だったんじゃないかと思うので、もしあの移植がうまくいっていたらどんなふうになってたのかな、と。ジェイクだって、地球に妻も子もいるんだ状態だったらどうなってたんだ、と。それでもいくんだ、ってなったらそれはそれで人でなしだし。うーむ。そういう意味であまり主人公に、というか主人公をこういう悩みの少ない境遇においたキャメロンさんに感情移入ができなかった。まあ距離おいて見てよい映画だと思うのですが。あ、登場人物ではパイロットさんがよかった。手に職もってる女子っていいよな。
そして終わりのスタッフロールのところで隣の二人組がべらべら感想喋ってて(うるさいなあ)と思いながら見てたんだけど、一番最後に「日本語字幕 戸田奈津子」て出てきて(あ、戸田奈津子)って思った瞬間、隣の二人も
「あ、戸田奈津子
と二人そろってつぶやいてくれて嬉しかったです。ね、思いますよね、「あ、戸田奈津子」って。